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by kaitekikukannb
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カテゴリ:NO生の小考( 14 )
緊急時における予算について
今東日本大震災の復旧・復興についての補正予算について議論が行われている。今回の予算については災害が大規模なだけに、その対策予算について基本的な問題を含んでいる。いずれくる中部・近畿・四国の大震災など巨大災害に対して財政的な先例となるので大事な問題である。
 先ず歳出であるが、今回特殊な問題として福島第一原子力発電所の事故に伴う予算処置の問題があるがこれについては別途議論されるべき問題であるのでここでは触れない。さて、基本的な問題として復旧・復興をどのように考えるか大きな問題である。筆者は基本的に復旧に留めるべきと考える。復旧は元通りにすることである。復興は再びおこること又は再び盛んになることである。復旧では不合理となるあるいは不経済となる又は困ることになる場合に復旧を変更しあるいは新たに手を加えるなどして復興するのである。復旧は設計施工の時間ですむが、復興は大変時間がかかる。例えば住宅の高台移転などは復興の最たるものであるが、誰が決め、誰が実施し、誰が住み、住んだ人の旧被災地の土地の所有権はどうするのかなど、独裁国家でなければどうしょうもない問題である。今回の災害は地震による災害もさることながら、津波災害である。津波対策はチリ沖地震やカムチャッカ地震等と三陸沖地震でマグニチュウド8クラスの地震により起こる津波に対応した対策を行ってきた。貞観時代以来の千数百年ぶりの津波対策など考える必要はない。千年以上先の子孫や建造物のことを考慮するなど現実的でない。地盤沈下したりして人間の活動に適さなくなったところは別として、元の処に住み元の街並みにすればよいのである・それに必要な予算処置をし、必要な法律を改正すればよいと考える。スピードが大切だ。
 次は歳入であるが、今回の処置が復旧と考えれば今の国家財政の危機的状況を考慮する必要はない。それは、一般論で考えればよいことで災害補正の歳入にからめるのはおかしい。臨時的なものだからである。またこの必要額は現在の世代で負担すべきと言う議論で補正を考えているようであるが、これはおかしい。消失した資産は公的私的を問わず長い年代の蓄積としてできたものであり、何世代にわたって支出されたものである。これを現世代のみが負担するというのは理屈にあわない。何カ年でということは議論があろうが、一世代五十年位が適当ではないか。またその財源は法人税・所得税が適当とかんがえる。しかし、法人税は税率5%の引き下げを延期し、その分を財源に充てるというのはおかしい。法人税では実質負担なしということになる。なにがしかの税率を引き上げるべきである。法人は外国に比べて税率が高いとか円高で海外移転とか言われるが、災害時にそのようなことは考慮する必要はない。個人も法人も実質的に負担増を図るべきである。景気が悪くなるなどということは別の政策で考えるべきである。個人だって所得税を上げれば消費に影響が出て景気を左右することになる。財源はとりあえず日銀引き受けの国債でまかない、これを五十年の償還期限で個人・法人の税で賄うとすべきである。
 復旧・復興に既存の法律が足かせになっていると聞く。特別に配慮して迅速な復旧は・復興を図るべきである。法律は人のためにあるのだから。
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by kaitekikukannb | 2011-09-20 14:30 | NO生の小考
災害について思う事
今年は大きな災害が多い。3.11の大地震とそれに伴う津波災害、新潟とその周辺の集中豪雨。それに紀伊半島の集中豪雨、このような災害は何時何処で起こるかわからない。災害は人が住んでいるから起こるのであり、単なる自然現象にすぎない。そして、完全に予防することはできない。このような災害は日本では歴史を見ればしょっちゅう起きているので珍しいことではない。今年は大きな災害が多かったと言うだけである。ここ数年集中豪雨のたび記録的といわれるが温暖化(人為的か自然現象かについては議論のあるところであるが)に伴うといわれている。将来台風は数は減るが大型化すると言われている。そうなれば被害は甚大になろう。対策はと言われても大きな台風に備える準備をする程度で来るのを待つしかない。地震も何処で何時どの位の規模で起こるか全く分からない。人々は一般的なソフト及びハード面の備えをするしかない。火山の噴火はちょくちょくあるが歴史に残る大噴火はない。しかし歴史に残る浅間山や富士山の大噴火は甚大な被害を及ぼした。地震、津波、豪雨ばかり取り上げられているが、そのうちどこかの火山が大爆発して大被害を及ぼすことは確実である。
 さてこのような被害を及ぼした大小の災害の後を見ると、鬼の洗濯岩のような人の住めなくなるところは別として、大抵の処は被害のあった同じ場所にまた家を建ててすんでいる。これは何を意味するかといえば、ひとつはそこが生活する上で何かと便利なこと、そして経験則上同じ災害は人間の生存サイクルからみて確率的にみて極めて低いことによるものと思はれる。誰がもう一生に二度とこないと思われる災害の為に不便な場所に移転するでしょうか。東北で先人が「此処より下に家を建てるべからず」との碑があるようであるが、僅かな人はそれを守ったが大部分の人は従わなかったのである。今、東北では行政は津波対策として住居の高台移転を唱えているが、全く自然の摂理に反した政策と言わざるを得ない。行政は住民に今までの処に住めとは言えないが、復興計画ではハード面は基幹的な計画にとどめ住民の意思に任せた復興にあわせて実施すべきである。要は人々は己の意思で住居を決めればよい。大抵の人は元の処に住むのではないか。貞観地震から千数百年経って大津波に襲われたのであって、今回被害のあった人で先祖が貞観地震に逢いましたなどと言う人は一人もいないとおもわれる。人の一生と自然ではサイクルは全くあわないのである。私は今日科学が発達したため人間が傲慢になり運命というか諦めというか運が悪かったと思わなくなってしまったのである。亡くなった方は本当に気の毒であり、遺族は諦めきれないであろう。しかし運命は受け入れざるを得ないのである。あまりの被害の大きさに懲りて「羹に懲りて膾をふい」てはならないのである。被災者の応援には全力をあげなければならない。しかし、それは被災者の意思を最大限尊重しなければならない。行政の計画にはっきり言って立派なものにお目にかかったことがない。机上の空論だからである。地震、津波、豪雨そしていずれくるであろう大噴火の被災者で生き残った人への支援は自然体に任せることが必要である。不自然なことは永続きしない。人は喉元すぎれば熱さをわすれるのである。経験を生かすのが人智といわれるが、この諺は明日を生きるのに大変に役に立つのである。忘れることは美徳なのである。亡くなった人への追憶は残された人の心にのみのこるのである。その人を含めて人々は己の考えにもとずいて生きればよいのである。行政は余計な節介をせず支援すればよいと考える。そして、スピード感をもって。
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by kaitekikukannb | 2011-09-12 18:34 | NO生の小考
野田新政権に期待する
 野田氏が民主党の代表選で逆転で新代表に選ばれて新首相に選出された。彼は世論調査でも人気がなく、かつ政策面で疑問符がつき劣勢が予想された。それがこのようになったのには驚いた。その後を見ているとこれから日本新党及び松下政経塾の出身者が我が国の政治を担うのではないかという予感をかんじる。彼らは概ね自民党政権下でスムースに政治家になれず既存の権力に対して挑戦する形で政治家になった人たちが多いいような気がする。既存のエリート層の出身でなく志と努力によって権力の座に就いた新しいエリートではないか。彼らが今後民主党の旗の下日本の政治を担うのではなかろうか・彼らは戦後わが国思想界に大きな影響を与えたマルクス主義を奉じる市民運動家や組合出身者ではなく基本的には中間市民層の出身者で基本的には保守であり自民党と変わりはない。どこが違うか。彼らは自民党に容れられなかった人達で現状に不満がありその打破を目指した人達である。今の日本は大震災、原発事故、経済のいきづまり、財政危機、人口減少など多くの課題を抱えている・外交問題も厳しい。これらの目先とばかりは言えないかもしれないが、これらの課題の処理に右往左往し、彼らの目指した閉鎖的社会及び既得権益の打破という彼らが政治家を目指した本来の目標を見失いでもらいたい。彼らには自民党化する危険性が常にある。民主党の過去二年間の政治にはその兆候が顕著にみられる。それは、既得権益との癒着である。既得権益を持つ者はそれを守ることに命をかける。民主党の中には小沢さんのグループのように本来既得権益の中にいた人達もいる。
 民主党政権はこの二年間政権運営に成功したと言えない。国民に大きな失望感を与えている。自民党はこの失点に助けられて息をふきかえした。あと二年の任期で民主党が生き残れるか試される。管総理は国民の期待を裏切った。彼は頑張って成果を挙げたと自負するが、基本的な国民の求めるものを洞察できなかったと言わざるをえない。
 野田新首相は増税と大連立を掲げている。難しい経済財政状況と議会運営の中でわからないでもないが国民が政権交代を求めた本質を十分理解しているか心もとない。財務大臣経験者は自民・民主を問わず財務省の虜になっている。財務省は財政健全化を標榜しながら最大の既得権益擁護者である。財政通のいない民主党で唯一財政通の藤井元財務相が今後とも指南役であると思うが、彼は旧特権階級に属する人で新しいことの実現を求めているように見えるが人間には限界があり、下手をすると民主党にとって有害な人物かもしれない。大連立は自民党化への一里塚の匂いを感ずる。
 細川元首相は野田氏の指南役と報道されたが日本新党のいきさつから成る程と思われる。彼は典型的な特権階級の出身で政治改革に失敗したひとである。文化人で尊敬に値する人ではあるが、政治指南役には相応しくない。
 野田氏にはこの閉塞感と既得権益を打破し日本に新風を吹き込んでもらいたい。そのためには、己の信念と哲学を語ってもらいたい。どじょうと金魚もよいけれども格調の高い言葉も述べてもらいたい。それは野田氏の指導者としての能力にかかっている。世論調査で顔に似ず高い支持率を得ている。国民は野田氏に可能性を見ている。その期待に応えてもらいたい。本質を見抜く力とだら幹にならないように切に希望する。日本にとって最後のチャンスと思うので。
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by kaitekikukannb | 2011-09-05 17:29 | NO生の小考
民主党代表選と新首相
 辞めないとおもっていた管首相は遂に退任を表明し、民主党は代表選を行い新しい首相を選任することとなった。振り返ると管首相には参議院議員選挙の敗北を別として決定的な失政があったとは思えない。しかし、一年余で命脈尽きたのは結局閉塞した政治、経済、社会を打破し国民に希望を与えられなかったからではないか。管氏にとって大震災は起死回生のチャンスであったと思う。しかし、その解決に失敗し国民、野党のみならず与党内で支持を失っては退陣も止むをえない。                     
 さて、日本は大震災、放射能汚染という新しい重い課題を背負うこととなったが、以前からかかえていた課題は何一つ解決されていない。雇用、社会保障、人口減少、格差社会といった問題とともに経済構造、巨大財政赤字、激動する世界特に相対的に地盤沈下しつつあるアメリカとの関係を含めた歴史的観点に立った外交と、そしてまたエネルギー、食糧といった国民の将来のかかった課題と新首相のかかえる責務は極めて大きい。
 言論界は我が国政治が劣化し政治家の質が落ちたと言ってきた。しかし、私は政治家のみが特に劣化したとは思っていない。経済界、官界、学会すべてが劣化している。特に言論界の劣化は甚だしい。この淵源は教育にある。しかし、今これを言っても仕方がない。誰が首相になっても与野党をとわずこれら課題を担いうる人物はみあたらない。しかし、誰かがやらなければならない。リーダーの条件はどこでも一緒であるが、信念と洞察力、判断力と決断力そしてカリスマ性だと思っている。民主党のなかでこの条件を不満足ながら満たしているのは小沢氏、前原氏、仙石氏そして玄葉氏、細野氏だと思う。若手で他にいるかもしれないが。リーダーとして十分ではないが誰かを中心にして党員全員一致協力して事に当たってもらいたい。管氏の失敗の一つは政策を実行するにあたって協力してもらうべき民主党の国会議員の中に敵を作りそれをバネにして政治を進めようとした手法にある。小泉元首相の手法を状況が異なるのにサル真似した拙劣さにある。民主党は挙党一致死に物狂いで結党の精神、そして政権奪取した時のエネルギーの発揮に努力してもらわなければならない。決して自民党が点数をあげたのではない、民主党がコケタのだ。自民党にも人材は乏しく反省も少ない。国民に見放された政党という自覚もない。総選挙まで二年ある。大震災で解散は難しい。起死回生のチャンスはある。報道によると(間抜けた報道だが)前原氏は今回の出馬を見送り来年九月の代表選に出ると言うが、この選択は野党の党首になることと知らねばならぬ。民主党が政権維持に失敗すれば、我が国の未来はない。古いシガラミから逃れられないからだ。政界再編があれば別であるが。
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by kaitekikukannb | 2011-08-22 15:10 | NO生の小考
円高と投機経済
 このところの円高はとまらない。

 今のところ76円でいききしているが、今後どうなるのであろう。
人によると73円台になる可能性も指摘されている。
世界的にというより先進国では景気停滞気味であり、各国の財政問題などもあり、日本の円高に対して協調介入の動きはない。
先日政府は単独介入したが、すぐ元の木阿弥になってしまった。
政府・日銀が買ったドルはどうなるのであろうか。
ドルが増えただけで使い道もないのであろうか、アメリカ国債を買うのであろうか。
将来的に価値低落傾向にあるアメリカ国債を大量に保有してどうなるのであろうか。

 さて日本中は円高になって朝野をあげて危機が叫ばれている。
円高メリットについては経済の本質とは関係のうすい海外旅行の恩恵が主に報道されている。
今のマスコミは意識的か否かは知らないが、本質を見誤り国民の意識をまちがった方向に誘導しているように見えてしかたがない。

 民主党政権が出来る前後も円高の危機が叫ばれた。
日本は産業構造上輸出産業が経済を引っ張る形になっていた。
低成長ながらも経済は輸出産業に依存してきた。
これは何十年にわたって続いたもので、それを誘導したのは自民党政権である。
間違った政策ではなかったが、おかしくなったとき転換する政策を打ち出せなかった。
民主党は今後国内需要向けの産業を振興し輸出への依存度を減らしていくという目標を掲げた。
これについては当時方向性として妥当であるとマスコミも報じていた筈である。
産業構造の転換は時間がかかり,すぐには実現しない。
しかし最近産業構造の転換の議論はあまりおめにかからない。
民主党はどうなってしまったのか。
今後とも産業構造の転換には目をつむり輸出に我が国の経済を委ねるつもりなのか。
原子力発電や新幹線、高速道路の技術を輸出することは結構なことである。
技術の輸出に力を入れることは正しい。
しかし、長期的には産業構造を変えていく努力は必要なことである。

 今の円高は先進国の経済財政問題に端を発しており、日本が優れているからではない。
値段は相対的なものであり他が悪くなればこちらが良くなる。
しかし、実態経済からみればこちらが良くなった訳ではない。
資本主義も発展というか行き過ぎて実態経済よりも投機経済が経済を支配し、実態経済はそれに振り回されている、悪影響を及ぼしている構図になっている。
リーマンショック以降ゆきすぎた投資に対し先進諸国は何らかの規制をするという動きになった。
しかし、実現不可能なのか、最近聞いたことがない。
これからもこの投機経済は続くであろう。
日本の実態経済の力とは何の関係もなくこれからも株や円の価格はうごくであろう。
投資家はどこが儲かるかだけで資金を動かす。
勿論実態経済の状況も行動の参考にはするが結局は思惑で売ったり買ったりするのである。
アダム・スミスの「見えざる手」は問題はあっても実態経済で当てはまる考えである。
しかし、投機経済では予定調和的に経済が発展するどころかバブルなど経済を破滅させることになるのでわないか。
デフレ経済についてはあとに譲るとして、アメリカも日本も資金の量的緩和を客家っているが、ゼロ金利政策が続くなか中央銀行のやることは殆どない。
インフレにでもする積りなのであろうか。
貨幣を沢山印刷しても、金あまりの状況では何ら実態経済の成長には資することなく、いたずらに投資家の資金を増やすだけで経済はますます悪くなるのではないか。
野田財務相はなんの効果もなかったドル買いをし口をあければ注意深く見守ると言っている。
そんなことなら私でも出来る。
あとは増税とマニフェストの見直しそれに大連立とんでもない総理候補というほかない。   

 私は円高に対して打つ手はないと思っている。
早急に産業構造の転換をはかるしかない。
そして世界に冠たる技術力の発展に人的にも資金的にも惜しまず投資すべきである。
時間はかかる地道である、しかし、日本の将来を考えればそれより道はない。
それからもうひとつ今の投機経済に我が国だけでも規制が加えられないものか。
実態経済と投機経済はバランスをとって発展すべきで、投機経済のみモンスターのように巨大化すればいつかの時点で破綻し、金本位制に戻るか紙キレになるかの選択になるのではないか。

 円高は成り行きに任せ、円高メリットをどのように実態経済に役立て・地道に構造転換を図るしかない。
マスコミはいたずらに円高の危機を声だかにとなえてはならない。
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by kaitekikukannb | 2011-08-16 18:18 | NO生の小考
原爆と原発
今年は原爆が投下されて66年目だそうだ。

私は原子力の専門家ではないが、原子力はまず兵器として開発され、原子爆弾として実用化された。

そして、そのメカニズムである核分裂を平和の分野で利用するとして原子力発電が開発されたと理解している。

いずれも核分裂により生ずるエネルギーを武器として利用するか、それ以外の人類の発展のために利用するかということであろう。

この66年間は武器としての原爆の廃絶をうたって来たが、その平和利用については殆ど原爆の日においては議論されたとは聞いていない。

しかし、今年は福島における原発事故により、原子力発電も原子爆弾と併せて廃絶する議論が出ている。

ここでよく考えるべきは軍事であれ平和であれ、人類は核開発というパンドラの箱の蓋を開けたことに変りはない。

原子爆弾は一旦発射されれば、そのあとは統御不能であるが原子力発電所は管理可能と思われてきた。

しかし、今回の福島の事故により、そうでないことが判った。

軍事であれ平和であれ、原子力を人間は統御出来ないのである。

しかし軍事・平和のいずれの分野でも原子力は拡散の傾向にある。

人類は過去手にした利便なことをやめたためしがない。

今後世界は原子爆弾をもつ国及び原子力発電所をもつ国は増加すると思われる。

このように原子力について人類は運命共同体として責任を負うことになってしまったのである。

こう考えれば我が国は積極的に原子力の開発とその管理について力を盡くすべきと考える。

軍事においても平和においてもである。
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by kaitekikukannb | 2011-08-10 17:56 | NO生の小考
移民について
日本の人口減が見込まれるなかで、外国人移民が話題になっている。

その考え方の基本は、人口が減れば国勢は衰退する。

それを出生率の上昇でカバー出来なければ
外国から補充し日本の発展を維持するということになるのではないか。

しかし日本ほど外国人に対して冷たい国はないのではないかと思う。

歴史を見れば豊かな国にはその周辺から異民族が流入するとういう現象は
ローマ・中国をみるまでもなく厳然たる事実である。

人は豊かになることが幸せになる条件であることは確かなことであり
誰でも豊かなところに行きたい、貧しいところからは離れたいのである。

ローマの歴史をみればその膨張期には、
多くの民族を取り込みローマ市民権を与え、ともにローマの隆盛を担った。

しかし爛熟期に入るとゲルマン人の流入を防ぐことに腐心し
最期は失敗してゲルマン人に占拠されてしまった。

日本も縄文・弥生を経て歴史に時代に入るまで多くの人々が混血し
更に中国・朝鮮からの渡来人が帰化し日本をつくりあげたのである。

しかしそれが一段落するとその後、千数百年は固定的になって今日に至るのである。

明治から昭和二十年まで日本は近代化したが
諸般の状勢から喜んで外国人が日本人になりたがることはなかった。

戦後日本が経済発展をし、自由民主主義の国となってからは
貧しい国の人々には魅力的なところとして不法入国が頻発した。

しかし日本は基本的に外国人は不安であったから極めて冷たかったのである。

難民その他でも日本の受け入れ態勢は貧困で多くは
アメリカ・オーストラリア・カナダなどに行ってしまった。

誰でも豊かで自由な国に住みたいのである。

それを国家権力で妨げるのは自然ではない。

しかし人口減少期に入り日本も大幅に外国人の入国を認めようとしている。

これは自然の摂理であり、日本も必要に迫られてここまで来たかと思う。

しかし多くの課題がある。

偏見・差別は容易になくならないがローマ人を見よ、
多くをローマ市民として市民権を与えているのである。

日本も多くの外国人を受け入れ、市民権を与え
多民族国家となることを願うものである。

それが日本が衰退にならない唯一の道と思う。
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by kaitekikukannb | 2008-04-21 11:44 | NO生の小考
日銀総裁の選任について
日銀総裁の選任について国会はもめている。

政府与党は、武藤氏が経験・識見で最適任であり、
もし空席となれば国際的な信用を失い
この金融問題が世界的に重大な局面に当って大変なことになると主張し、
国会は人事案件については行政の責任の問題であるから、
国会特に参議院は承認すべきと主張している。

ジャーナリストにも、この意見に同意するむきが少なくない。

しかし本当にそうであろうか。

福井総裁は国益と称して国民に低金利を強い
自分は個人的利殖に走った卑劣漢であり、
それが発覚した時点で辞任すべきなのに今日まで居座っている。
そしてその間政府の意のまま(としか思えない)で機能不全に陥ったのである。

これから考えると日銀総裁などはたいしたことはなく
候補者は少ないと思われる。

長い期間にわたりゼロ金利政策という世界に例のない施策をしいて来たことを考えると
罪は深い。

政府与党は、このゼロ金利政策のおかげで株は上り景気はよくなったというが、
株は利益があがった人と損をした人が半々であり、
景気は良くなったといっても大企業だけ儲かっただけで労働者への配分はない。

格差が生じ世の中不公平になったのである。

この責任の一端は武藤氏にもある。

この際、総裁・副総裁は全員辞任すべきである。

又、政府が出した人事案件を議会は承認すべきであるという議論に至っては
噴飯ものである。

大統領制の国ですら人事の任命に議会が係わる国もある。
今の与党は長年与党ぼけがして
民主主義の何たるかが理解出来なくなっているのではないか。

当面金融政策に新たな希望が開けない今日、
ゆっくり日銀総裁を選んだらどうであろう。
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by kaitekikukannb | 2008-03-10 14:18 | NO生の小考
自衛隊について
戦後新憲法において戦力は保持しないこととされた。

それが冷戦の開始に伴い現在の自衛隊の原型が出来、
それが今日の強力な軍隊になった。

それについての議論は別として、
その発足当時の幹部は殆ど旧軍隊の出身者であった。

しかしその頃の幹部は卑屈と思われるほど遠慮深く慎重であった。

この人達が国防の任に耐えられるかと困惑を覚えたものである。

敗戦の責任を痛感していたからであろうと思われる。

現在の幹部は防衛大の出身者が中核である。

私が大学受験した昭和28年の入学が第一期生である。

それらの人達は勿論現役ではいない。

その後、防衛大の卒業者たちはどうなっていったのであろうか。

今日の防衛省や自衛隊をめぐる諸問題をみるとき、
我が国唯一の暴力装置が健全な方向に向かっているとは到底思えない。

軍隊は人類の歴史とともにあると言えるぐらい古い存在である。

その歴史をみるとそれは権力の獲得とその組織防衛に尽きている。

国民の生命財産の維持などという存在意義は空念仏であることは
戦前の軍隊をみれば明らかである。

しかし自衛隊は国民の付託に応える謙虚と使命感が最初はみられたが、
今や全くその気配もない。

そして哲学に欠けた一部の右傾政治家と結託して戦前回帰の兆候がみられる。

現在の防衛大臣は理路整然として防衛省の改革を期待したが、
今回の漁船衝突事故の対応をみて全く期待外れになった。

自衛隊はあまり信頼できないという観点から
この巨大な暴力組織と金食い虫の行方をしっかり見守っていかないと
庶民は大変なことになると思う。
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by kaitekikukannb | 2008-03-03 13:58 | NO生の小考
囲碁の楽しみ
 囲碁を始めたのは比較的遅く26歳ぐらいであったかと思う。

それも集中的に勉強したわけではなく、その後も何十年間、
年に2・3局打つくらいで趣味と言えるものではなかった。

60歳を過ぎてから定石に本とか手筋の本とか詰碁の本とか
集めて勉強するようになったが、今でも月5・6局打つぐらいである。

しかし、碁敵には恵まれて大学時代の友人達
(なかには県代表クラスに近いものもいる)や
黒白で争う2.3人の友人がいて時々楽しんでいる。

何が囲碁は面白く感じさせるのかと思うことがある。

面白いと思うから面白いので理屈はないのであろうが、
考えてみると定石その他基礎的なことを覚え、それを具体的に
どのように応用するかを考えることと、局面全体をみて局勢全体を
把握する判断力を働かせることにあるのかなと思っている。

自分が囲碁で弱いのはその思考力と判断力において劣っているからに他ならない。

そしてその思考力判断力を養成することも楽しみになる。

しかし型というものがあって、それは感覚的なものがあるのか子供でも強い人がいる。

そこに囲碁の奥の深さがあるのであろう。

年をとったせいか、上達は遅々として進まず、実践ではポカが多い。

情けなく思うが、楽しいと思えばそれでよいのかと思い
暇な時にはせっせと囲碁の本を読んでいる。
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by kaitekikukannb | 2008-02-18 13:48 | NO生の小考
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